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第70回 Telly Llyod氏 「日本の魅力」
MAY 23, 2008
第70回 Telly Llyod氏 「日本の魅力」
今回も、株式会社リンクメディアのテリー・ロイド氏をお迎えしています。第3回目の「日本の魅力」は、最終回となります。日本を本当に理解するまでに5年はかかるという、一旦理解し、馴染めば、とても面白い国と語っています。25年の貴重な経験を活かして、海外企業の日本進出、日本企業の海外進出のサポート等、日本と海外を結ぶ、コンシェルジェとして、また海外留学後の日本の若者の起業の応援など、今後の益々の活躍も期待されるところですね。 開拓精神旺盛な文化で育ったから、いつも、物事を変革しようと考える。日本では「変えない」のが王道だ。外国人は最初、このことに驚くが会ったり話したりすると、良い人や楽しい人が多いので納得してしまう。 第3話「日本の魅力」 私の欲しい人材 私の欲しい人材 物を作らない当社では…。確かに雑誌は発行しているものの、原則的にはサービス業の当社では、社員の「質」が最も重要である。私が一番欲しいのは海外で教育を受けた日本人だ。 帰国する時を狙って採用している。彼らは、米や豪など海外に行く時は、大体英語が苦手なだけでなく、実家を出たこともない。一人で生活したことがないのである。外国に行くと、自ら食事を用意し、住居を探し、交通手段を調べるなど、気持ちを入れ替えて人間的に成長しなければならない。帰国する頃には自助能力を高めている。我儘ではなく自助能力をである。彼らは問題解決に本当に長けている。起業したばかりの企業で何をやるにしても問題は付き物だ。だからこそ誰も手を出したがらないし、我々が先駆的にやっていける。 当社には解決屋が是非とも必要だ。勿論彼らが短期間に成功する為には昇進できるシステムがなければならない。さもなければ50歳まで待つことになる。そんな彼らを探す方法として、私は講演会を活用している。 ハワイパシフィック大学、ハワイ大学、豪州のロックハンプトン大学などに出かけては起業について話をしている。20人ぐらいの学生がいれば、2、3人は「この人から教わってみたい」と考える。こんな学生を私は探し求めている。実際、最近入った慶應出身の男性社員は3ヶ月前に私が講演をした直後に「起業家になりたい」と言ってきた。私はすぐ「よし、教えよう」と返事した。これが日本の会社だったら、さしずめ「よし、35年間は面倒見よう」だろう。当社なら、彼らは居ても5年から10年。その間に自分で成功できるように経営のイロハを教えることにしている。勿論、当社にもっと長く居ても良いが、自分のビジネスをはじめる為に退社しても、私は一向に構わない。 私は日本が好きだ! 〜理解するのに5年かかる国、日本〜 日本で暮らすことは本当に大変だ。私は開拓精神旺盛な文化で育ったから、いつも、物事を変革しようと考える。 日本では「変えない」のが王道だ。外国人は最初、このことに驚くが会ったり話したりすると、良い人や楽しい人が多いので納得してしまう。他人が自分を訓練し磨いてくれるのだ。ルールがやたらと多いのが日本の欠点だと言う人は多い。しかし、日本社会が分かってくると、それもさしたる問題ではなくなる。外国人がよく使う格言にあるように「最初の2年は好き、次の3年が嫌い。それを過ぎると日本が理解できる」これは正に的を射ている。長期滞在する外国人は最初にこの5年を経験してから日本社会に根を下ろす。 日本の良い所は、勿論食べ物、人、そして、特にここ東京では、活気だ。外資系の多くは、日本市場の難しさから、2流の人材は派遣してこない。最も優秀なスタッフを送り込んでくる。カルロス・ゴーンのような一流の経営者、評判を落したものの、折口さんのような人たちに会うことができるのだ。彼らは真の起業家である。孫正義さんなども良い例だ。 私は彼らに会っている。他の国だったらかなり難しいことだけど、外国人社会が変化に富んでいて資本もアイデアも豊富な日本だからこそ、面白い人達がどんどん集まってくるのだ。私はそんな日本が本当に大好きだ。だからこそ私は、妻がNZに行っても一人で日本にいる。日本は、本当に面白い場所だ。 エネルギーがみなぎっている。
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第68回 Telly Llyod氏インタビュー「私の人生は偶然の産物」
MAY 13, 2008
第68回 Telly Llyod氏インタビュー「私の人生は偶然の産物」
今回より3回にわたって株式会社リンクメディアのテリー・ロイド氏にお話を伺います。第1話目は、「私の人生は偶然の産物」、来日の動機がキムチであったという、楽しいエピソードを交えて語って頂きます。 1981年から始まった日豪間のワーキングホリデー制度で、相互の国で働くことができるようになった。その中の一人として来日、ただ日本に行きたかったのにはちょっと変わった理由があった… 第1話「私の人生は偶然の産物」 Kimuchiが私を日本に 奥様が単身赴任! Kimuchiが私を日本に そもそも日本に来たのは…そう、最初は1983だった。 1981年から始まった日豪間のワーキングホリデー制度のお陰だ。若者が初めてお互いの国で合法的に働くことができるようになった。私はそのオーストラリア人の中の一人として来日した。でも私が日本に行きたかったのにはちょっと変わった理由があった。ある日、日本から帰国してきた友人がインドを渡航先に考えていた私を日本式ホームパーティーに誘ってくれた。 長テーブルに多くの料理が並んだ。私は当時、完全なベジテリアンで刺身や肉などは手をつけなかったが、テーブルの端まで来るとそこにはご飯と漬物が置いてあった。ご飯を取り、漬物を試しに口にした、そのときだった。ある漬物を食べて自分は確信した。「俺は絶対に日本に行くぞ」と。 ワーキングホリデー先を日本に変え、来日して、すぐにスーパーに行ってその漬物を買った。そして、その漬物、キムチが日本の物でないことを知ったのは、それから半年後だった。だから日本に来たのは本当に偶然だ。実際には私の人生そのものが偶然の産物だと言っても良い。 とは言え、ここでの生活は実に楽しい。人々は親切で、食べ物も最高。日本の食べ物でないにしても皆キムチを食べているし。そんな訳で日本に留まることにした。 奥様が単身赴任! 面白い経験も色々とさせてもらった。実は、結婚も二度体験した。娘は5人、子作りは得意分野と言えそうだ。 面白いことに、家内は現在NZにいる。彼女は日本人だが、夫婦間の取り決めで、3年間はNZで暮らし、その後一時戻りまた向うに行くことになっている。先月、家族をNZに連れて行ったので、今後3年間は、私が両国間を往復する20日間は東京、2日は空の上、そしてNZに8日ぐらいということになる。 少し「変わってる」のかな。取引先には単身赴任と言っているが、実態は「家内」の単身赴任だと告げるとたいそう驚かれる。 私の方が家を守っているのだから、やはり少し変わってると言えるだろう。
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